【事件のまとめ】約50年逃亡の桐島聡容疑者が起こしたテロがやばいと話題に!

雑記
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桐島容疑者は1975年4月19日に東京都中央区で発生した連続企業爆破事件の犯人として、爆発物取締罰則違反で指名手配されており、桐島容疑者を名乗る男は、鎌倉市の病院に偽名で入院していたとのことです。

1月25日にこの病院の関係者から、桐島聡を名乗る男がいるとの情報が寄せられたため、警察が身柄を確保しました。

桐島聡は一体どんなテロをおこしてきたのでしょうか?

今回はそんな桐島聡容疑者の起こした事件をまとめてみました!

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プロフィール

まずは桐島聡容疑者のプロフィールは?どんな人物なのでしょうか?

出身:広島県深安郡神辺町(現・福山市)                         学歴:広島県立尾道北高等学校卒業後、明治学院大学法学部進学。                経歴:明治学院大学在学中に黒川芳正や宇賀神寿一と出会い、東アジア反日武装戦線に「さそり」班として参加し、連続企業爆破事件の複数のテロ事件に関与。                身長:160cm位                                     特徴:強度の近視、足が細い、広島弁、顔にニキビの跡、唇が厚い等。
 
 

明治学院大学

東アジア反日武装戦線とは?

1970年春、大道寺将司が法政大学文学部史学科在学中に結成した「Lクラス闘争委員会」が源流となっています。                                     設立:1972年末
設立者:大道寺将司
組織の目的等:反日武装闘争による反日革命とした非公然・非合法武闘派極左テロ組織で、
日本国家/天皇制/日本民衆の戦争責任、戦後責任の告発、新植民地主義的経済侵略企業への攻撃。
構成メンバー:大道寺将司、大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫、齋藤和、桐島聡、宇賀神寿一

起こしてきた事件のまとめ

1974年8月から1975年5月にかけて、12件もの連続企業爆破事件を起こし、三井物産、帝人、大成建設、鹿島建設、間組など海外進出日本企業「アジア侵略に加担している企業」と標的にして次々と攻撃していきました。

虹作戦・・1974年(昭和49年)には鉄道を爆破することによる昭和天皇に対する暗殺計画を計画しています。

鹿島建設爆破事件・・・東アジア反日武装戦線「さそり」グループは特に日雇い労働者問題に関心を持っており、鹿島建設を標的としたのは「花岡事件を起こした犯罪企業」という理由に加えて、日雇い労働者を搾取するスーパーゼネコンに対する攻撃の意図もあったとのことです。 1974年12月23日午前3時10分、東京都江東区の鹿島建設のKPH(鹿島式プレハブハウス)工場の資材置場が爆破されています。                                            のちに判明したのは、犯行グループが3班に分かれて動いていたということです。大成建設爆破事件と鹿島建設爆破事件は短い期間のうちに続きましたが、別のグループがそれぞれに動いていたので実行できたとも見られます。1974年8月からは5件の連続企業爆破事件が発生しましたが、その年のうちに犯人を検挙することはできませんでした。  

         

間組本社ビル(9階・6階)及び大宮工場同時爆破事件・・・・1975(昭和50)年2月28日午後8時、間組の本社と工場が同時に爆破されました。残業していた社員や消防士など、5人が負傷しています。さらに、本社にあったコンピューター室を破壊されたため、間組の経営に関わる重要なデータを失ってしまいました。                                          事件直後の記者会見で、会社側が犯行グループに屈する姿勢を見せませんでした。それが犯人側の報復行為を招くことになります。4月28日と5月4日の2度にわたり、深夜の間組作業現場を爆破。当直していた社員1人が重傷を負う事件となりました。前述した犯行グループ3班が合同で犯行を実行し、間組だけで4件も爆破事件が起きました。


間組江戸川作業所爆破事件・・・1975年4月27日におこった爆破事件。1人が加療約1年3か月を要する頭部外傷等を負っています。

間組京成江戸川橋工事現場爆破事件・・・1975年5月4日に起こった事件。死傷者は無しで、桐島容疑者が共謀・実行に関与したことが認定されています。

オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件・・・4月19日の午前1時頃に、兵庫県のオリエンタルメタル本社と、東京の韓国産業経済研究所が同時に爆破されます。深夜の犯行だったため建物には人がおらず、負傷者は0人となっています。


三菱重工本社ビル爆破事件・・・1974年(昭和49年)8月30日に東京都千代田区丸の内で発生した、東アジア反日武装戦線「狼」による無差別爆弾テロ事件であり、連続企業爆破事件の一つです。反日やアイヌ革命論などを主張し、昼休み中の通行人を含む8人死亡・380人の重軽傷となっており、8人が死亡しています。東アジア反日武装戦線側の呼称はダイヤモンド作戦であり、上述の虹作戦で使用する予定であった爆弾を流用しています。

これだけのテロを起こす人物やグループが1970年代~日本にはたくさんいました。

逃亡のきっかけは?

1975年5月19日に東アジア反日武装戦線の主要メンバー7人が逮捕されたのをきっかけに逃亡しています。

直後に黒川芳正が所持していた桐島聡の家の鍵からまだ警察が把握していなかった桐島の存在が明らかとなり、桐島は警視庁公安部に爆発物取締罰則違反で指名手配されています。

警察庁は1989年と1990年、過激派の爆弾犯や誘拐犯ら10人を指定の公開手配とした中の1人に桐島容疑者を挙げています。

1987年だけで警視庁は桐島を含めた10名を掲載した手配チラシを700万枚印刷し全国に配布しています

世間の反応は?

「死ぬときくらいは本名で」五十年も逃げ回って何を甘えた事を言っているのだろうか

そして「国を倒す」と言っておきながら、最後は国の世話になる 本当にアレな人たちは「国が〜」と言いながら、その国からたかるのが上手

1970年代連続企業爆破事件|日テレNEWS NNN

X(Twitter)より引用

偽名でも入院できる実態が明るみになった。 マイナンバーカードがなければ医療を受けれない様にすべきと感じた。犯罪者以外は国や行政に個人情報を把握されても問題ないはずだ。 反日過激派の桐島聡容疑者が50年近く逃亡できてしまった原因究明も必要。 捜査お疲れ様でした。

X(Twitter)より引用

日本の公安の凄さを改めて知った。謎の組織、テントは本当に実在するかもしれないし、別班の乃木のような優秀な人間が日本の治安を守ってくれているのかもしれない。こんな報道があったからこそ、VIVANTをもう一度見返したい‼︎

X(Twitter)より引用
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